web拍手お礼ss

第10期:テーマ「四季」

春に寄せて

 これが雪なのね。


 彼女はそう言った。
 嬉しそうに目を細め、宙に向かって手を伸ばす。その手は白く弱弱しく、私は思わず目を逸らした。


 不思議。もっと冷たいと思っていたわ。


 彼女は白い細身のスカートを風に靡かせながら、くるくると回った。その足元で、白い絨毯が幽かに光っている。
 彼女が動くたびに、彼女の髪や服についた白い欠片が、ゆっくりと舞い落ちた。
 彼女の蝋人形のように白い肌が、仄かに色づいて見える。
 回る白い肌、靡く白いスカート、舞い落ちる白い欠片、広がる白い絨毯…その中で、彼女の長い黒髪だけが月光を浴びて艶やかな色彩を放つ。


 一度、見てみたいと思っていたの。


 回転を止めた彼女は、弱弱しく微笑む。
 それから、白い絨毯に顔をうずめるように地面に横たわった。


 ね、ありがとう。


 彼女の唇が、幽かに動いたように思う。
 眠るように地面に横たわる彼女の上にも、白い欠片が舞い落ちている。
 私は彼女の傍らに立って、静かに目を閉じた。


 違うのだ、違うのだよ、君。これは桜と言うのだ。

夏に寄せて

 暑い。
 その言葉しか思いつかない。それほど暑い。
 シャーペンを持つ手がじっとりと汗をかき、椅子と密着した―正確には、その間にズボンの布地がある―太ももがべたつく。
 天井では4つの扇風機が忙しなく首を振っているが、その努力を嘲笑うかのように太陽は容赦なく教室を照り付けている。
 宮城は、シャーペンを放り投げて、下敷きを団扇代わりに扇ぎながら、だらしなく椅子の背もたれに体重をかけた。


〈何だってこの学校にはクーラーがないんだ。こんなんじゃあ、授業なんて頭に入らねえよ。国は教育機関のクーラー設置を義務付けるべきだ…。〉


 そこまで考えて、ふと友人の玉城を見た。


〈アイツ…寝てやがる。〉


 何故こんな環境で居眠りが出来るのか、宮城にはさっぱり理解できない。机に密着した頬や腕は汗で気持ち悪くないのだろうか。


〈まあ、玉城だしな。〉


 そんな玉城本人が聞いていれば理不尽だと抗議しそうな考えで自分を納得させる。
 更に視線を動かせば、頬杖をついて、やる気なさそうに黒板を見ている知念が視界に入った。


 〈どうやら、アイツもやる気なしか…。玉城はなさすぎだが。〉


 時計を見る。
 授業は始まったばかりだ。

秋に寄せて

 月には兎が住むという。
 遥か遠くの衛星で、兎は薬を搗くという。
 アポロが月へ降りた時、兎は何処へ消えたやら。
 動物園の檻の中、逃げ込んだのでもないだろう。
 小学校の飼育小屋、紛れ込んでもないだろう。
 もしやドラッグストアの薬剤師、こっそり就職したかしら。


 月には兎が住むという。
 兎は何処へ消えたやら。
 お月様を眺めれば、疑問が胸に浮かびます。


◆◇◆◇


 月見をしようと言い出したのは誰だったか。
 蓮の葉の上、3匹で月を見上げる。
 ―ゲゲゲゲゲゲゲゲ
〈お月様って不思議だな。だって、細くて鋭い三日月が、まんまる満月になるんだもん。〉
 ―ゲロゲロゲロゲロ
〈まるで僕たちカエルみたい。満月がカエルで、おたまじゃくしは三日月だね。〉
 ―ギギギギギギギギ
〈すると今日のお月様は、手足が生えて、そろそろしっぽが引っ込む頃かな。〉
 ―ゲゲゲゲゲゲゲゲ
 ―ギギギギギギギギ
 ―ゲロゲロゲロゲロ
〈もうすぐだね。〉
〈もうすぐだよ。〉
〈もうすぐさ。〉


◆◇◆◇


 病室からは見えないわ。
 そう、彼女がぽつりと呟いた。
 ぼんやりと前の車のナンバーの辺りをさまよっていた視線を、助手席の彼女に移す。
 彼女は無言でフロントガラスのさらに向こうを指差した。
 彼女の指差した先、赤信号の車用信号機があり、その裏の少し上に丸い月がかかっている。
 ああ、今日は満月だったのか。
 信号のランプが赤から青に変わるのを視界の端の認めながら、漠然と考える。
 もしかすると、彼女と月を見るのは、これが最後ではないかと。

冬に寄せて

 ある日、こたつに入っていた家猫のアリンが、僕の鼻先に来てしゃべった。


「雪が降るよ」


 猫がしゃべるなんてびっくりしたけど、このご時世だ、まあ、そんなこともあるだろうと思って、「そうかい」と返した。
 するとアリンは小首をかしげて、「雪は嫌いかな?」と聞いた。
 僕はみかんに手を伸ばしながら、「そんなことないよ」と答えた。


「明日、雪が降るよ」
「うん。」


 みかんを1房、アリンの鼻先で示してみたけれど、彼女はみかんを食べる気はないようだった。
 そこで僕がその1房を口に放り込んだところで、アリンはもう一度、「雪が降るよ」と言った。


「うん、初雪だね」


 僕がそう言うと、彼女は満足そうに尻尾を少し動かした。それから僕の鼻の頭をざらざらする舌でぺろりとなめて、再びこたつに潜り込んだ。


 翌日、アリンの言う通り雪が降った。
 僕がちらりとアリンを見ると、彼女は誇らしげに尻尾を動かして、「ニャー」と一声鳴いた。

あとがき

> [2008/01/18〜2008/04/11]
このときの拍手お礼ssは「四季」シリーズでした。

・「春に寄せて」
 →ノーマルブログで書いたものを再利用。最後のワンフレーズが書きたくて書いた小話です。
・「夏に寄せて」
 →こちらも、ノーマルブログで書いたものを再利用してました。実は、今の私のハンドルネームの知念はこの話から来ていたりします。
・「秋に寄せて」
 →こちらも、ノーマルブログで書いたものを再利用してました。目指したのは、リズムのよい詩です。3つ目を読めば分かると思いますが、儚い人を書くのは好きなんですよね。
・「冬に寄せて」
 →こちらは、確か拍手用に書いて、ノーマルブログで再利用したものです。使い回しが多くて済みません(汗)。猫より犬が好きなんですが、なぜか猫ばかり書いてしまうという罠。

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