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第2期:テーマ「組織」

なぜ、

 どうして拒めないのか。
 ――彼の手が、彼の目が、彼の声が、彼の存在が、私を縛り付ける。

 何を考えているのだろう、と思う。
 男になど手を出して、何が面白いのだろうか。それも年上の、特別魅力的でもない容姿の男だ。
 まったく、何を考えているのだろう。
 組み敷かれて貫かれながら、漠然と思った。
 軍内部では別段珍しいことではない。もっとも、自分がその対象にされたことはなかったが。
 何故自分なのか?
 自分の持っている情報によれば、彼はうちの司令部の中では大佐の次くらいに女性に人気があったはずだ。
 何故、自分なのだ。
 判らない。
 判らない。
 判らない。
 彼の細められた情欲に濡れた目が、私を見下ろす。
 逃げようとした身体を、彼の大きな固い手が捕らえる。
 煙草を銜えた唇の両端がゆっくりと持ち上がって、空いている方の手で煙草を外す。
 耳元で、囁かれた。
 ああ、何故。
 何故、自分なのだ。
 何故、私は掴まれた手を振り払えないのだ。
 何故。
 何故。
 何故。
 湧き上がる熱に、目を閉じる。
 腰を掴む手に力がこもり、彼が更に奥へと身体を進めてきた。
 ……力強い手が、目が、声が、私を放さない。

【恋】
 一緒に生活できない人や亡くなった人に強くひかれて、切なく思うこと。また、そのこころ。特に、男女間の思慕の情。恋慕。恋愛。

 言葉にしてしまえば、何ともあっけない言葉。

 「恋」をしていると言うのか。それだけの想いが私の内に存在するのか。これは「恋」なのか。
 答えを探すように、視線を彷徨わせる。
 見えるのは、暗闇にぼんやりと浮かび上がる天井のみだ。
 外では風が暴れているのか、時折り蔦が壁を叩きつける音や、風がガラスを振るわせる音が聞こえてくる。その中に彼の声を聞いた気がして、ぎくりとした。
 気のせいだ。彼は今、ここにはいない。
 昨今の情勢、影使いは休む暇なく動き回っている。私が休みを取れたことも奇跡に近い。
 ましてや彼は、影使いの宿舎ではなく別に自宅を持っている。ここにいるわけがない。
 外界を遮断するように、きつく目を閉じる。
 明日の朝方、本部へ出向いて任務を交替しなければならない。その前に、私の影を迎えに行かなくてはならないから、早く眠らなければ。
 そう思うのに、眠気は一向にやってこない。
 諦めて身を起こした。夜風に当たるためにベランダに出る。
 ベランダの手摺に凭れ掛かり、一つ二つ深く呼吸をする。
 思考は袋小路に入り込んで、簡単には抜け出せそうにない。
 思春期の子供じゃあるまいし。
 浮かんだ考えに思わず苦笑して、目を閉じた。

 「恋」をしていると言うのか。

傭兵

 考えて考えて考えて導き出された答えは、酒でも飲まなければ到底受け入れられないものだった。
 どうやら俺は、同僚のリガタイ・キシリのことが好きらしい。
 リガタイ・キシリというのは、何処からどう見ても女には間違えようもない男で、ちっとも可愛くなんてないし、綺麗でもない。おまけに木妖の血が混じっていて頑固だ。
 ただ、ふとした瞬間に見せる表情や仕草が、どうにも気になってしまう。


 自棄酒をしようと思って、わざわざ傭兵詰め所から遠い場所の酒場を選んだ。知り合いに…それこそリガタイ本人に出会いでもしたら億劫だ。そう思ってその酒場を選んだはずなのに、入り口を潜って目に飛び込んできたのは、鮮やかな緑色の髪。
 すぐに引き返すわけにも行かず、かといって気づいているのに無視するわけにも行かず、数秒の思案の後、そちらへ足を向けた。
「ミスター・フェリ、どうして、こんな所に?」
「そっちだって、コンナトコロにいるだろ」
 そう返してやると、彼は少し笑って見せて、マスターと知り合いなんですよと呟いた。
 グラスを煽る喉元に視線が行く。喉仏が上下する様を、どこか歪んだ気持ちで見つめた。
「同じのものを」
 無理やり視線を外し、彼の知り合いだというマスターに声をかける。
 自棄酒をしに来たのだ。取り敢えずその目的だけは達成させてもらおう。

「おい、しっかり歩けよ」
「大丈夫ですよー。酔ってなんかいません」
 そう言いながらも、リガタイの足元はふらついている。俺が支えていなければ、今にも座り込んでしまうだろう。
「ったく」
 悪態をつきながら、それでも何とか俺に与えられた部屋までやってきた。詰め所の反対側にあるという彼の宿まで連れて行ってもいいのだが、いかんせんそれは遠すぎるし、第一、リガタイの部屋を知らない。
「おらよ」
 彼をベッドに転がして、取り敢えず腰の剣と不思議な色合いの袋を外す。
 何だって、こんなことになったんだ?
 今日ついに好きだと自覚した相手が、今、自分の寝室のベッドに転がっている。
 苦しそうに襟元に手をやるのを見て、シャツのボタンを一つ二つ外してやった。
「ん…」
 漏れた声に、どきりとする。
 くそ、何だってこんなことになったんだ!

あとがき

> [2006/06/12〜2006/07/08]
このときの拍手は、3つとも「組織」つながりでした。

・「なぜ、」
 →この話は、あまり気に入っていなかったので早々に降板することになりましたが、貧乏性なので「枯れ木も山の賑わい」の精神でアップします。
・「恋」
 →影使いという設定は急に湧いてきたものですが、いつかオリジナルファンタジー長編でストーリー性のあるものを書きたいと考えています。影で何をさせようかな。
・「傭兵」
 →傭兵の話は、いつか長編で書きたいと考えています。ネタと呼べる程のものではありませんが、こういうのが書きたいと思うものはあるので、色々と落ち着いたら書きたいです。

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