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第3期:テーマ「植物」

魔の花

 花が怖いと思ったのは、初めてだった。
 色も形もサイズも、別段普通の花と変わらない。いや、普通よりも美しいだろう。透けるように白い花弁、ほのかに色づいた雄蕊、柔らかそうな雌蕊、深い緑色の萼。貴婦人の部屋に飾られていれば、惜しみない賞賛と花の王という称号を与えられただろう。
 けれども、その花は貴婦人の部屋にも、紳士の温室にも無かった。密林の奥深く、ひっそりと咲き誇っていた。
 木に寄生して花を咲かせるのだろうか。一本の巨木の根元から、緑色の茎と薄い根っこが伸びている。その周りには、大小幾つもの骨が散らばっていた。もしかすると、木ではなく、動物に寄生するのかもしれない。
 漂ってくる甘い香りに、引き寄せられそうになる体を、本能が引きとめる。
 周りにある骨が一体何なのか、学者としての好奇心が湧かなかったわけではない。だが私は、この職業について以来、直感を大切にすることにしている。それが、未知なるもので溢れるこの場所で、自分の身を守る最大の方法だった。
 私の直感は叫んでいる。
 あの花に近寄ってはいけない。
 あの花は恐ろしいものだ。
 なので私は、その花から視線を逸らせ、踵を返した。
 そこへ背後から声がかかった。

「なんだ、来ないのか」

 驚いて振り返れば、花があったはずの場所に、男が立っていた。裾が広がった白い服を身につけている。緑色の腰紐が目に鮮やかだ。
 男はこの世の物とは思えぬほど美しい顔で笑った。

「なあ、ここへ来てくれ。気持ちいいコトをしよう」

 すっと差し出された手が、私を誘う。その声は濡れた響きを含んでいて、私はふらふらとその男に近付きそうになった。近づかなかったのは、右足を踏み出そうと力を込めた左足が、下にあった枯れ枝を踏み潰したからだ。
 その音で我に返り、急いでその場を離れた。背後からは、あの男が笑う声が響いていた。

「あはははははは。残念だ、まったく残念だよ!」

 その声を振り払うように走り続けた私は、やがて他のチームのキャンプに辿りついた。そのキャンプで数日休ませてもらい、その後自分のキャンプへと戻ったが、本国から持ってきた文献を捲ってやっと、あの花が先住民の言葉で「魔の花」と呼ばれる花であることを知った。

鉢植え

「なあ、この鉢、死んでねえ?」

 タローが失礼なことを言った。

「死んでねえよ。そんな色の植物なんだ」

 マサヤがタローをぽかりと殴って、私の側に腰を下ろす。それから私の葉を持ち上げて、状態を確かめた。マサヤ、私は元気ですよ。
 マサヤは私の葉を確認すると、さっさと離れていってしまう。私は歩けない我が身を呪った。
 そんな私を尻目に、タローはマサヤの後を追いかけていく。

「なあ、正也」
「何だこの手は」

 タローは不躾にも、マサヤの腰に手を回して彼を引き寄せた。
 そのまま手馴れた様子でマサヤの服を脱がせていく。

「こら、止めろ。俺はまだ仕事が…!」
「そんなもん、明日でいいだろ」
「よくな…んんっ、あ、よせっ」
「気持ちいいくせに」
「あっ、ふ……ん」

 マサヤは気持ち良さそうに声をあげている。
 ああっ!
 私に蔓があったなら、今すぐタローを絞め殺してやるのに!

儀式

ずるっ、ずるっ、ずるずるっ


 何処からか、音がする。


ずずっ、ずるっ、ずるっ、ずるずるずるっ


 何かを引きずるような、鈍い音だ。
 その音の正体を、僕は知っている。いや、僕だけでない。この村の人間は皆知っている。知っていて、知らないふりをする。
 四方を森に囲まれたこの村には、古くからの仕来たりがある。それは新たな宗教が入ってきて、それが国教として定められた今でも、変わらずに行われている。そうしなければ、たった一夜の内にこの村は無くなってしまうだろう。


ずるるっ、ずっ、ずずっ


 音はどんどん近付いてくる。
 僕はテーブルに突っ伏して、両手で耳を押さえた。
 聞きたくない! 聞きたくない! 聞きたくない! どうか早く通り過ぎてくれ!
 窓ガラスが、風にガタガタと鳴った。
 ああ、早く、早く、早く!
 音はますます近付いてくる。風はいっそう強くなって、とうとう窓は、ガシャンと悲鳴じみた音を上げて割れた。そこから入り込んだ風がカーテンを巻き上げて、外の景色が見える。
 反射的に顔を上げてしまったことを、僕は後悔した。
 月灯りの下、緑色の蔦や葉っぱで作られた異形のものが、今年の生贄を引きずりながら、僕を見て気持ち悪い笑みを浮かべた。

あとがき

> [2006/07/08〜2006/09/08]
このときの拍手は、3つとも「植物」つながりでした。

・「魔の花」
 →魔の花のネタは、割りと気に入っています。肉食植物。
・「鉢植え」
 →この時の1と3が暗めの話だったので、明るい(というか馬鹿っぽい)話をと思って書きました。
・「儀式」
 →この生贄ネタはいつかちゃんとした話にするかもしれません。

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