第5期:「シリアスちっくな11のお題」
シリアスちっくな11のお題/4.誰かが呼んでる
ぱしゃりと、何かが水を弾く音に、私は思わず立ちすくんだ。
子供の頃に祖母から事あるごとに注意された言葉を思い出す。
“月が紅く輝く夜には、不吉なことが起こる。だからそんな夜には、この湖には近付くな。”
中天にはオレンジ色に輝く月。
この村の人間ならば、誰もこの湖には近付かない日だ。私とて、近付きたくはない。
けれども。
そう、けれども、私は行かねばならぬのだ。
数日前、不思議な石を拾った。
瑠璃、玻璃、瑪瑙、珊瑚、真珠を足して割ったような、不思議な輝き。
不思議なことは外見だけではなくて、その石は、夜な夜な言葉を話した。初めは驚いたが、その内夜通し語りあうようになった。思えば私は、あの甘い声の虜になっていたのかもしれない。
その石が、頼むのだ。
月が赤く輝く晩に、自分を湖に連れて行って下さい。そうすれば元の姿に戻れます――
なので私は、不思議な石を手に、近付いてはいけないと言われた日に、近付いてはいけないと言われた湖へと向かっているのだ。
手の中の石が、私を急かす。
ハヤク、ハヤク、はやく、早く湖へ…
その声が、私を魅了した甘い声から、徐々に低く不気味なものになっていくのを聞きながら、私は赤い月の下、湖へと走った。
シリアスちっくな11のお題/5.慟哭
砂嵐が来る時、低く地響きのような音がする。
それは、大地の慟哭だという。
昔、風の神と大地の神は、一つの賭けをした。
一筋の川に、葡萄の葉で作った木の葉の船を浮かべる。その船を、風の神は川下に流そうとし、大地の神はそれを阻止する。太陽の神が去り、そして月の神が西の地へ去る前に、船を流せなければ大地の神の勝ち。それ以前に海まで船を流せれば、風の神の勝ち。負けた方は、それぞれの民を差し出す。
そういう賭けだった。
太陽の神が、東の地から顔を出した時、葡萄の葉の小船は、川へ浮かべられた。
風の神は、力の限り息を吹き、葉っぱの小船を吹き流した。小船はゆらゆらと揺れて、沈みそうになりながらも、海を目指して川を下り始めた。大地の神も、手をこまねいて見ていたわけではない。地を震わせて、亀裂を作って川を絶ち、滝を作り、流れを変えた。
太陽の神が、二人に声援を送りながら西の地へと去り、それ追いかけるように月の神が現れた。彼が西の地へ去る頃、風と大地、2神の賭けは決着がつく。
勝負は、大地の神が優勢。そう判断した風の神は、自らの美しい弟に大地の神を誘惑するよう頼み込んだ。
風の神の弟は言付けられた通り、大地の神を誘惑した。それは抗いがたい誘惑だった。大地の神はすっかり虜になってしまった。
風の神の弟が、その身に大地の神を受け入れた時、川の流れをせき止めていた山は、僅かに透き間を開いた。葡萄の葉の小船は、ゆらゆらと揺れながらその透き間を通り、海へと流れ着いた。風の神が勝ったのだ。
それ以来、地には砂嵐が吹き荒れるようになった。今でも、2神の賭けは有効なのだ。
だから砂嵐が人間を攫いに来る時、地は低く慟哭する。
それは大地の神が、情欲に勝てなかった自分を責める声だという。
シリアスちっくな11のお題/6.もう、なにも望まない
彼が自分に振り向いてくれることはないと、理解していた。
彼には彼女がいて、しかも1人だけじゃなくて、男なんかこれっぽちも好きじゃない。
だから、彼が自分を振り向いてくれることなんてないんだって、ちゃんと判っていた。
友人でいいと思った。
友人なら、沢山いる彼の彼女のように、傷つけられることもない。
でも耐えられなかった。
彼にとって、自分が便利な人間程度だったとは思わない。
彼はそれなりの尊敬と親愛を持って、僕に接してくれた。
けれども、耐えられなかったのだ。
僕の行為を愚かだと笑う者もいるだろう。それで構わない。
誰も僕の気持ちを理解し得ないだろう。それでいいのだ。
僕が友のようにではなく恋人のように愛した僕の親友よ、僕は死のうと思う。
それで君の中の僕が、君の沢山いる彼女よりも深いところに刻まれるのであれば、僕はもう、それ以上なにも望まない。
あとがき
> [2006/10/19〜??]
このときの拍手は、11-SHOPさまから「シリアスちっくな11のお題」をお借りしました。
「シリアスちっくな11のお題」
1.遠い
2.海の底
3.闇の中で
4.誰かが呼んでる
5.慟哭
6.もう、なにも望まない
7.雨の音
8.一緒に居られないのなら、いっそ
9.もう いない
10.血塗られた過去
11.どこにいるの?
・「4.誰かが呼んでる」
→ファンタジーとかで、よく拾ったものが運命の出会い〜みたいな話があるけど、怖いものだったらどうだろうと思って書きました。
・「5.慟哭」
→神話を意識して。神話ではよく弟や妹を差し出すなぁと思って書きました。短い話で情景とストーリーを書こうと試みた話。
・「6.もう、なにも望まない」
→友人に恋する話。切なくていいよねー。でも、熱い友情の話も好きです。
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