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第7期:テーマ「信仰」

生贄

 神官の持つ短剣が胸に突き刺さる瞬間は、きっととてつもなく痛いのだろう。
 山羊の首を切った時のように血が噴き出すのだろうか。
 自分は悲鳴を上げるだろうか、あるいは涙を流すだろうか。
 それとも痛みを感じたり、涙を流す間もなく、自分は息絶えるのだろうか。
 祭祀場の最上階、祭壇に括りつけられて、そんなことばかりを考えていた。

 どれくらい時間がたったのか、すっと隣に人の立つ気配がして目を開けると、真っ赤な髪の毛を複雑に編み、鳥の羽で飾られた冠をかぶった男が立っていた。
 神官だ。
 この男が私の胸に短剣を突きたてるのだ。
 自分を殺す男の顔をよく見ようと神官の顔をじっと見つめるが、暗くて見えない。
 何故だろうと視線をずらすと、太陽が、神官の冠にひっかかっているのが見えた。

 ぱちんと、頭の奥で何かが弾けた。
 そうだ、太陽だ。
 この燃え盛る太陽のように赤い髪を持ち、頭に太陽を戴いたこの神官こそが、神の化身なのだ。

 男は舐めるように私の爪先から頭の天辺までを見まわした。
 長時間太陽に晒されたように、じりじりと肌が焼ける気がする。
 男はつっと身をかがめて、私の心臓のあたりに唇を落とした。それから、右手に持った短剣を大きく振りかぶり、太陽へ捧げる。
 短剣が鋭く太陽の光を反射させる。

 ああ、あれが落ちてくるのだ。

 そう頭の中で言い終える前に、短剣は降ってきた。
 痛みはなかった。ただ、胸元が焼けたように熱い。その熱はすぐに体中を駆け巡り、まるで炎の中に放り込まれたようだ。いや、私自身が燃えているのか。
 ぼやけた視界の向こうで、神官が両手ですくった私の心臓に唇を落としていた。それから、両手を高く太陽へ捧げる。
 ぬめぬめとした心臓は、鋭く太陽の光を反射させた。

 ああ、私はこうして太陽の、神の一部となるのだ。

「そんなに祈ってどうするというのだ」

 男は信じられぬというように首を振った。

「どうもせぬ」

 答えれば、更なる問。

「では何故祈る?」
「祈りこそ生だ」
「生とは自由だ。神だの規則だのに縛られては、生は謳歌できぬ」

 私は手にした数珠に視線を落とし、静かに首を振る。

「自由も祈りあればこそ。神を祈って初めて我々は生活することができる」
「神がお前を救うか!」

 男は声を荒げた。それから組み敷いた私の首に手をかける。そのまま締め上げられるかと思ったが、男の手はそれ以上、力を込めなかった。

「神が何故、見ず知らずのお前を救うというのだ」

 男は泣きそうだった。何故そのような顔をするのか、私には理解し得ない。

「見ず知らずの者を救わない、それがあなたの神か」

 問えば、男は苛立たしげに舌打ちし、力なく投げ出していた私の足を掴んだ。無理やり大きく開かされて、息を飲む。男は間に体を割り込ませると、顔を近づけて囁くように言った。

「そうだ。お前の神は違うというのか」

 私は静かに首を振る。

「神とは祖先だ。我々の生活の場を切り開き、生活するに足る水と食物を見出し、我々を生した者、それが神だ。であればこそ神は我々を救う。我々は彼らの子孫であり、彼らを祀る者だからだ」

 それこそ信じられぬというように、男は眉を顰めた。

「それがお前の神か」
「ええ、我々の」

 答えれば、男は噛みつくようにキスをしかけてきた。
 おそらく、「我々の」という答えが気に入らなかったのだろう。彼は自らの目に入る全ての土地に在るものは、建物も富も人間もすべて自らのものだと考えている。
 そのような彼が、自らを神と名乗らず、唯一絶対のものがあると信じていることが、私には不思議でならない。

君と同じ世界が見たくて

「サバトってなに?」

 隣で本を読んでいたマサユキが、ぼそりと言葉を零した。
 見やれば、彼が読んでいるのは黒魔術大全という怪しげな辞典である。その隣には暗黒なんちゃらやら魔法使いの一生やら、普通に生活していれば一生縁がないような本が積み上げられている。

「それ、辞典じゃねえの?」
「そうなんだけどさ」

 マサユキは渋い顔だ。

「なんかさー、サバトってのは魔女たちの集会らしいんだけど、具体的に何をしてたのかなぁって思ってさ」

 お前、何か知らねえ?
 問われて、俺は不愉快になった。

「なんで俺が知ってると思うんだよ」
「だってお前の部屋のベッドの下、オカルト雑誌があるじゃん」
「!!何で知ってるんだ!」
「この前、お前んち行った時に見た」
「勝手に見んなよ!」
「いやあ、エロ本がないかなぁと思ってさ。悪い悪い」

 マサユキは悪びれた様子もなく、顔の前で右手をあげて見せた。俺はため息をついて、渋々と答えた。

「だから、サバトでは、神を冒涜するあらゆることを行うんだよ」
「へー。たとえば?」
「たとえば攫ってきた赤ちゃんを殺したり、生贄をささげたり、乱交したり…」
「うわあ、よくそんなことできるなぁ」
「うん、だから、やっぱりそれだけ信じていたんじゃない?」
「そうだよなー。でなきゃできないよな」

 マサユキは感心したように言う。こいつ、ちょっとずれてる。それにしても、なんでこいつ急にオカルトに興味持ち始めたんだ?

あとがき

> [??〜??]
このときの拍手は、「信仰」つながりでした。

・「生贄」
 →我ながら生贄好きだなぁ。生贄ってかわいそうなイメージがあると思うんですが、そうでもないと思うんですよ。喜んで身を捧げるというか。それが信仰なんでしょう。
・「神」
 →これも信仰についていろいろ考えてみたものです。神とは何か、ですね。
・「君と同じ世界が見たくて」
 →魔女たちの信仰も面白いですよね。キリスト教と正反対に位置するように思える彼女たちの信仰も、キリスト教ありきなんだなぁと思って。

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