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第9期:テーマ「七夕」

星座観測

“星座は48個あるんです。”
 まるで講義するような口調でアイツは言った。
“いわゆるトレミー星座ってやつですけど。トレミーっていうのは、天文学者のプトレマイオスの英語名で、彼が『アルマゲスト』という本の中で西洋の神話に基づいて48個の星座を…って、先輩きいてますか?”
“聞いてる。続けろよ。”
 寝転がって言えば、アイツはわざとらしくため息をつき、続けますよと言った。
“天の川をはさんで鷲座と琴座が相対してて、ほら向こうと向こう、あの天の川の右の方にあるのが鷲座の主星アルタイル。白っぽい光の…わかります?”
“ああ”
“そこからズレて、やっぱり白っぽい星なんですけど、琴座の主星のベガがある。ベガは織り姫ですよ。さっきのアルタイルが彦星。中国名が…”
 アイツはまだまだ話しつづけていたが、俺はそっと目を瞑った。瞼の裏に、先ほどまで見ていた星が瞬いている。
 こうやって目を瞑っていると、まるでこの宇宙に自分しかいないような気になってくる。耳元ではアイツの低い声が響いていて、それは幸せな気持ちだった。


「今考えると、ずいぶん乙女な思考だよな」
 俺は苦笑しながら、傍らの人影に話しかける。
 反応はないが、今更そのことを気にしたりはしない。アイツは数年前の事故で声を失った。声だけじゃない。記憶も、意識も。今のアイツは俺や家族が動かす通りに動くだけの、人形のようになってしまった。
「まあ、全部お前の受け売りだけどよ。星座には48の種類がある。トレミー星座ってやつね」
 ちらりと見たアイツは、暗闇の中ぼんやりと焦点の合わない眼で夜空を眺めている。その姿が痛々しくて、俺は空を見上げながら言葉を続けた。
「あの天の川の右側にある白っぽい星が、鷲座のアルタイル。それから天の川をはさんで、やっぱり白っぽい星が琴座のベガ。ベガは彦星で、アルタイルは…」
「織り姫」
 背後から聞こえてきた声に、話を遮られる。俺は目を見開いて、振り返った。
「ベガは織り姫ですよ、先輩。アルタイルが彦星」
「お前…」
 振り返った視線の先、アイツはじっと俺を見ていた。

カササギの橋

 夢を見た。
 目の前には深い川があって、こちらには琢磨が、あちらには篠原が立っている。琢磨は普段と同じ学ラン姿で、篠原は浴衣姿だった。去年、祭りで見た柄だ。薄い水色の生地に、赤や紫色の朝顔の花。裾のほうには朝顔の蔓が描かれている。それが幼い顔立ちをした彼女には良く似合っていた。可愛いと思った。
 琢磨と篠原は見詰め合っている。俺はどこからともなくそれを眺めている。
 辺りは真っ暗で、ただ琢磨と篠原、そしてその間に流れる深い川だけが銀色に光っている。
 琢磨が何かを叫んでいる。篠原に向って。篠原は首を伸ばして、それを必死に聞こうとしている。
 でも、声は届かない。辺りはあまりにも静かで、琢磨の声は闇に飲み込まれてゆく。まるで無声映画だ。
 篠原の目が潤んだ。目に見える所にいながら、声が聞こえないのが悲しいのかもしれない。琢磨も必死だ。
 俺はそれを、黙って見ていた。可哀想だな、と思う。でも、俺だって可哀想だ。
 だって、琢磨は俺にはあんなに必死に叫んだりしない。あの2人がお似合いであればあるほど、俺は悲しくなってくる。
 分かってるよ、うん、分かってる。
 俺は、意識して2人の間の川に下りようとした。あの2人はお似合いで、たぶん、くっついた方がお互いの幸せになるんだろう。俺は琢磨のことが大好きだったけど、篠原のことも嫌いではなくて、だからやっぱり、ここは俺が一肌脱がなくてはならないんだろうと思う。
 深呼吸を1つ。すると途端に俺の体は、いくつもの光になって弾けとんだ。いや、光じゃない、鳥だ。俺は何羽もの白いカササギになって、2人の間の川に橋をかけた。
 琢磨が俺の上を通って、篠原のもとへ走る。琢磨が「篠原!」と声をかけるのが聞こえた気がした。

 目覚めてみると、世界はまだ色がついたままだった。
 うん、大丈夫だ、分かってる。俺は何も望んだりしていない。

旧暦

 七夕の翌日、友人はやけにご機嫌だった。なんでも、彼女とプラネタリウムでデートしてきたらしい。
 その惚気を半分聞き流しながら、俺は飲み終えた紙パックを握りつぶした。
 ムカツク。クリスマスが恋人たちのイベントというのは、まあ、もう定着してしまったから許そう。しかし、七夕にまでその思想を持ち込むのが許せん。
 そう主張すると、友人はいやらしい笑みを浮かべて「僻みはよせ」とのたまった。
 別段、僻んではいない。と、思う。
 俺が黙り込むと、友人は「元気出せよ」と励ましてきた。
 何がだよ、と反論すると、再びいやらしい笑い。
 だってお前の遠距離の相手、えーと『道夫さん』だったか? あの人、七夕なのに来てくれなかったんだろ?
 お互い、仕事があるんだ。仕方ないだろ。
 そう言いながらも、無駄な言い訳だとは思っている。今年の七夕は土曜日だった。俺も実は、来てくれるんじゃないかなんて期待したりもした。でも、現実はそう甘くなかった。実は昨日、道夫さんからは電話があった。急な仕事が入ってそちらへは行けそうもない、という電話だった。
 友人はにやにやと笑みを浮かべ続けている。
 それがあまりにも癪だったので、俺はこう言ってやった。
 俺たちは旧暦で動いてるんだよ!

あとがき

> [2007/07/15〜2007/08/29]
このときの拍手お礼ssは「七夕」つながりでした。

・「星座観測」
 →ベガとアルタイル。星座は好きです。詳しくないけど。
・「カササギの橋」
 →私がよく書くパターンの話ですが、気に行っています。七夕の日、両者の間を取り持つカササギのイメージで。
・「旧暦」
 →書き上げたのが新暦の七夕を過ぎていたので、旧暦ネタにしました。旧暦の七夕までアップしておく予定でしたが、ついつい七夕過ぎても交換するのを忘れていました(汗)

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