ハトと男たち

 のどかだよなぁ。

 小山内はそう言った。
 しゃがみこんで、両膝の上に器用に両肘をつき、さらに両手で顎を支えている。
 昨日までの寒さは急にどこかへ逃げてしまって、柔らかな日差しが駐車場を照らしている。

確かにな。

 江藤はそう返した。
 こちらは立ったまま、何やら書類に目を落としている。駐車された車のナンバーを確認しているのだろう。
 本来なら小山内がするべき仕事であったが、小山内は悪びれた様子もない。

あ。

 小山内が小さく声を上げた。
 江藤はまだ手元のクリップに挟んだメモと車のナンバーとを見比べていたが、声をあげた後に小山内が何も言わないのを不審に思って、そちらに視線を向けた。
 小山内は先ほどと同じ姿勢のまま、1メートルほど離れた場所にいる1羽のハトを見つめていた。
 ハトの方もハトの方で、逃げもせず彼を見つめている。
 日差しの穏やかな午後、ガードマンの制服に身を包んだ三十路過ぎの男が駐車場でだらしなくしゃがみこみ、ハトと見つめあっている。
 なんともシュールな光景である。
 江藤は軽くため息をついて、頭をかいた。

何してんだ。

 小声で問えば、小山内もやっぱり小声で返す。

いや、ハトが。可愛いな。

 江藤はもう一度ため息をついた。
 彼にしてみれば、小山内の行動こそが可愛らしい。もっとも、三十路過ぎのオヤジに使う形容詞ではないだろうが。
 ハトがとんとんとん、と三歩、小山内に近付いた。小山内はそれを見てニコニコと笑った。
 江藤はむっとして、ハトを睨み付けた。それから、あまりの馬鹿馬鹿しさに右手で顔を覆う。
 まったく、いい大人がハトを相手にヤキモチなど恥ずかしいことだ。
 彼は制帽を取り、がりがりと頭をかいた。それから丁寧に髪の毛を整えて、制帽を再び被る。

仕事しろよ。

 江藤が言えば、小山内は少し拗ねたように、

暇なんだよ。

 と返した。
 確かに車の出入りはなく、不審者も現れそうにない。
 相変わらず日差しはぽかぽかと差している。もしかするとハトは、日向ぼっこをしているのかもしれない。
 ハトが突然ばさばさと飛び上がった。近くを車が通り過ぎたせいだろう。
 小山内は残念そうに舌打ちした。
 それから、しゃがみこんだままぐぐーっと伸びをした。立ち上がるかと思ったが、相変わらずその気はないらしい。

のどかだよなぁ。

 小山内が言った。江藤に向かって、にへらと笑いかける。

確かにな。

 江藤が答えた。頭の中では、すでに今晩はどうしてやろうかと、そのことを考えている。
 終業まではまだ少し。

END

あとがき

> [2007/03/08] > [2009/01/25 加筆修正] > [2016/05/04 加筆修正]

先日目撃したガードマンの様子から。ハトと見つめあうガードマンの横で、相方のガードマンは気にした様子もなく、仕事をしていました。
彼らも、まさかネタにされているとは思うまい。
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