「こ、こないで!」
入口をくぐった途端に響いてきた声に、ショウは面食らった。続いて響いたものが倒れる音に軽く片目をつぶる。巣穴の中、音のした方へ視線を転じると、小さな茶色の毛の生き物がぶるぶる震えているのが見えた。
「なにをしているんだ」
ショウの問いかけに、巣穴の主であるカケルが振り向く。
「それが…」
その声も、その表情も、ショウが初めて見るほど情けないものだった。ショウは巣穴の隅でぶるぶると震えている生き物を、まじまじと見た。普段はぴんと立っているのであろう三角形の耳が、今はへたりと垂れている。先が白くなった尻尾は少し逆立っていたが、しぼんで両足の間に収まっていた。
「キツネ、だよな」
カケルは無言で頷く。
「どうしてキツネがいるんだ」
「昨夜、西の森で捕まえたんだが…」
カケルは暗い声で話し始めた。
昨夜、西の森で一匹の子キツネをしとめたカケルは、ほんの気まぐれで獲物をその場で食わずに巣穴まで持ち帰ってきたという。穴に獲物を放り投げた途端、子キツネは小さく鳴いた。そこでカケルは、獲物がまだ生きていることに気付いた。獲物を仕留めそこねたことにカケル自身驚いたが、面倒くさいことになる前に留めをさそうと、鉤爪を獲物の喉に食い込ませようとしたとき、子キツネがぱちりと目を開いた。まっすぐに見つめられたカケルがひるんだ一瞬の隙に、獲物はするりと足の間をすり抜けて、巣穴の奥へと逃げ込んだ。それから、この追いかけっこがずっと続いているというわけである。
ショウはあきれたようにため息をついた。カケルは狩りの名人だから、狭い巣穴を逃げ回るキツネ一匹捕まえられないわけがない。彼が獲物を捕まえられない理由は他にありそうだった。
「なにをだらだらとしているんだ。さっさと捕まえてしまえばいいじゃないか」
「いや、…その、なんだか可哀想になって」
ショウはますますあきれ返って、子キツネを見た。子キツネは相変わらずぶるぶる震えながら、こちらの様子を伺っている。
「おい、聞こえたか。お前を食べる気はないんだとよ」
ショウが茶色い影に向かって声をかけると、子キツネはびくりと一度大きく体を震わせてから、「うそだ!」と叫んだ。
「そうやって、ゆだんさせてから、たべるつもりなんだ!」
そう叫ぶ口調はおぼつかない。一人立ちして間もないのかもしれない。なるほど、カケルの気持ちも分からなくはない、とショウは思った。
「いいから出てこいよ。せまい巣穴の中をいつまでも逃げ回っていても仕方ないだろう」
ショウはそう言いながら、翼を少しだけ広げて獲物に近付いた。
「ヒッ!」
子キツネがするどく声をあげた。
「ショウ、やめろ」
カケルがショウをたしなめながら、ショウと子キツネの間に割ってはいる。子キツネはそうっと顔をあげてカケルを見上げた。
それを見たショウは、わざと翼を更に広げて、一歩カケルと子キツネに近づいた。嘴をかちかちと鳴らしてみせる。
「うひゃあ!」
子キツネは今度こそ悲鳴をあげて、目の前のカケルにしがみついた。それでショウの出番は終わりだった。
数日後、ショウが再びカケルの巣穴を訪れたとき、ショウは巣穴の端の方で、無防備にお腹を見せながら寝る子キツネを見た。カケルはその側にそっとよりそって、時折風を送る様に翼を動かしていた。
「ん…」
寝返りをうった子キツネが、カケルの腹にそっと頭を擦り付けた。
ショウはあきれたようにため息をついて、「お幸せに」と呟いた。
END
あとがき
>[2011/07/24]
キツネと猛禽シリーズ第一弾です。
こんなパターンもありだよねの、ほのぼのパターン。次はもっと猛禽っぽい感じかな。
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