そのなめらかな地肌を、指先でそっと撫でる。
ほのかな温かさが伝わってきて、ぼくはなんだか嬉しくなった。
その手触りは、これからその上に蝋を垂らすのを躊躇わせるほどなめらかで。
もったいないと思ったぼくが、わずかに開いた口からそっと人差し指を差し込めば、彼はあっさりと大きく口を開いた。
内側の紫色の薄紙が艶めかしい。
さらにその奥にあるものを取り出そうとして、ぼくは手を止めた。
あさましい。
今更そのようなことをして、どうするつもりだ。
ぼくは自らの気の迷いを戒めるために、多少荒っぽく、彼から手を離した。
軽くため息をつき、もう一度彼を見下ろして、その滑らかな肌をなでる。指先にかかるものひとつない彼の肌を、これから熱い蝋で覆ってしまうかと思うと、なんだか悲しかった。
けれどもこればかりはどうしようもない。
ぼくは傍らに置いてあったガラスのスプーンを取り上げ、粒状のワックスをざらざらと入れた。色は赤がいい。渋い、落ち着いた赤ではなく、目の覚めるような赤。そうであってこそ、彼の肌に映える。
アルコールランプに火をともす。それから、そっとスプーンを火にかざした。
ワックスは見る間にどろりと融けて、スプーンのなかで微かに揺らめく。
ぼくは少し息を吐き出して、彼の滑らかな肌の上にぽたりと真紅の蝋を垂らした。
END
あとがき
> [2007/07/24] > [2009/01/31 加筆修正]
無機物、雰囲気練習短文その2。この無機物相手の練習短文は、思いついたときに書き連ねていく予定です。
今回は手紙とシーリングワックス(封蝋)です。
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