その猫は怪我をして私の前に現れた。
野犬にでもやられたのだろうか、前足から血を流し、教会の庭の隅でうずくまっていたのだ。慌てて部屋に運び入れて手当てした。
白い毛並で、右耳の部分だけ黒い斑がある。痩せ細っていたが、ふさふさとした毛並みは滑らかな質感を持っていて、私は治療するかたわら何度も手を滑らせてその感触を楽しんだ。頭を撫でてやると、猫は気持ち良さそうに目を閉じた。
やがて猫は元気になり、私の部屋を出て行った。
私は寂しさを感じたが、教会においでになる方の中には猫が嫌いな方もいらっしゃるだろうから、まさか教会で飼うわけにもいかない。それに、野良猫には野良猫の生き方があるだろう。そう自分を納得させたが、あのシルクのような毛並みが懐かしかった。
けれども、猫は再び私の前に現れた。
今度は怪我はしていない。庭の片隅で、私を待つように小さくうずくまっていた。私はその猫を抱き上げて、部屋へ連れて行きミルクを与えた。猫はそのミルクに少し口をつけ、私の足に顔を擦りつけた。私はその猫の、滑らかな毛並みを思う存分楽しんだ。
それ以来、猫は時折り教会へやってくるようになった。
朝の祈りのとき、説教をしているとき、就寝前の祈りのあと…時間はまちまちだが、窓の外にその猫の姿を見かける。その度に私は彼を部屋に迎え入れ、ミルクを与え、その毛並みを楽しんだ。
しかし、私には気がかりなことがあった。その猫がやって来る度に、黒い斑の部分が徐々に広がっていくのだ。それどころか、今まで白い毛並みだった部分にも、まるで染み出すように黒い斑が浮かび上がってきている。模様が変わることなどあるのだろうか。私は心配になったが、その猫の滑らかな毛並みは変わらなかったので、気にしないようにした。
気がかりなことはもうひとつあって、そちらは私の職業や生き方に深く関わることなので気にしないことにするわけにはいかなかった。
実は、夢を見るのだ。
それも、ひどく淫蕩な夢を。
「…っ」
夜中、私は微かな声をあげて目覚めた。
先程までの淫らな夢のせいで、呼吸が乱れている。自分の体の変化に気づいて、私は愕然とした。
何ということだろう。浅ましい自らの体を叱責して、何とか鎮めようとする。
胸元に下げたロザリオを握り締めて、私は窓へ近寄った。冷たい夜風にあたれば、体も醒めるかもしれない。そう考えての行動だったが、窓を開けて私は驚愕した。
庭に、あの猫がいた。こちらの部屋を見上げている。
「お前、来ていたのかい」
声をかけると、その猫は飛び上がって、窓から部屋の中へ入ってきた。私は慌てて蝋燭を灯し、その猫を探した。また斑が増えている。もう白いところは殆どなく、黒猫のようだ。
ぞくりとした。
これでは、まるで…
不吉な考えを追い払うように、私はその猫から一歩離れた。追い払おうにも、不吉な考えは後から後から湧いて来る。
猫とは模様が変わるものだろうか。
そういえばこの猫は、ミルクをあまり飲まなかった。
ああ、そして、これまで私が淫らな夢を見るときは、この猫が必ず近くにいなかったか。
私は生唾を飲み込んだ。
ロザリオを握り締める手に力を込める。
「主よ…」
呟く。
猫の耳がぴくりと動いた。猫はしなやかに動いて、私の足に体を擦り付けた。慌てて一歩後ろに下がる。その足が寝台にぶつかって、私は腰掛けるように寝台に尻餅をついた。
猫が、膝に飛び乗る。それから伸び上がって、私の顎を舐めた。
「うわっ」
私は思わず、猫を突き飛ばした。突き飛ばされた猫は、身軽にくるりと身をひねって、床に着地した。それから再び、私の膝上に飛び乗ってくる。
猫は、私の股間にぐいぐいと顔を押し付けた。その感触に、先程までの夢が蘇ってくる。中途半端に高ぶっていた体は、すぐに元の熱を取り戻し、それ以上に熱くなる。
「…は、」
思わず吐き出した息に、猫が顔を上げた。虹彩が長く、金色に光っている。それまで一声も鳴かなかった猫が、短く声をあげた。
それに促されるように、私はズボンの前を寛げた。
下着の中から取り出したそれに、すぐに猫の舌が絡み付いてきた。ざらりとした感触に、目の奥で火花が散る。
自ら手を伸ばして、自身を握り締める。この道に入って以来、久し振りの行為に、私は浅ましく声を漏らし、激しく手を動かした。
もうすぐで頂点が見えるというその寸前、猫の舌が先端を舐めた。
「んぁあっ」
私は荒い息をついて、寝台に崩れ落ちた。体はまだ熱いままだ。先程の放出で外に出て行けなかった熱が、出口を求めて私の体の中で渦巻いている。
ほとばしった液体を、猫がぴちゃりぴちゃりと舐めるのが分かる。その舌は徐々に下がっていって、私の秘所にたどり着いた。
この熱を鎮めてくれるのなら、この猫がたとえ悪魔であっても構わないとぼんやりと考えた。
END
あとがき
> [2006/08/26] > [2016/06/12 加筆修正]
黒猫の話です。ver.1は和風でしたが、ver.2は西洋風で。
感想や誤字・脱字報告をいただけると嬉しいです!