ラロンナの夜空に浮かぶ、金の月、銀の月。二つは四年に一度ぴったりと重なる。
金の月ラ・カステレは、姉であり妻である銀の月ラ・アリアスと四年に一度交わり、全てを新しく産み出す。水、火、風、土、穀物、植物、動物、富、豊穣…。ラロンナでは、幸運も不運も全ては二つの月の交わりからもたらされる。
その交わりを見ようと言い出したのは、リコトだった。
リコトはそうやって皆で集まるのが好きだ。酒とつまみを用意して、くだらない話で盛り上がる。今回もそうだった。月がよく見えるおれの家を勝手に会場に設定し、料理のデリバリーを頼んだ。麦酒に葡萄酒、林檎酒、米酒まで用意されているのを見た時点で、月食を観測するというのはただの騒ぐ口実だと気づいたが、すでにできあがっている友人たちを追い出すのは億劫だった。
ベランダの手摺にもたれかかり、中天に昇った銀の月を眺める。貞淑な銀の月は、この日だけは中天で金の月を待ち受ける。あと1時間もすれば、金の月が銀の月に重なり始めるだろう。
何とはなしに手持ち無沙汰で、手にしたグラスをからりと揺らした。友人たちは皆、部屋の中で酔いつぶれている。
「ここからは、月がよく見えるね」
背後から聞こえたリコトの声に、だからこそ今日の会場はここになったのだろうと思ったが、それは言わないでおいた。
リコトはおれの隣に来て、同じように手摺にもたれかかった。
「ね?」
「星が見えるから、この部屋を借りたんだ」
返事を促されて、しぶしぶ答える。彼は「へえ」と呟いただけで、茶化しはしなかった。
「ああ、ご婦人はもうベッドでお待ちだね」
リコトは中天に上った銀の月を、そう表現した。彼は可愛らしい外見に反して、露骨な表現をすることが多い。
「知ってた? 銀の月ラ・アリアスは、実は金の月ラ・カステレの姉ではなくて弟という説があるんだよ」
大きな目をくるくると輝かせて、リコトはおれの目を覗き込んだ。
おれは無言で肩をすくめて見せた。それからまた月を見上げる。おれの様子に、リコトはため息をついて、同じように黙って月を見上げた。
「ねえ、なんでロットと別れたの?」
リコトがそう尋ねたのは、月食が始まった頃だ。
やはりそれが本当の目的だったか、とおれは考えた。ロットとは3ヶ月前に別れた。リコトはおれとロットを引き合わせた張本人だったから、心配になったのだろう。
「別れる運命だったのさ」
そう答えるが、リコトは納得しなかった。
「だって君、まだロットのことが好きなんだろう?」
からからとグラスを揺らす。氷だけだったグラスは、今は氷が融けて水が溜まっている。それを一気に飲み干して、おれはリコトを見た。
「月みたいなものさ」
「月って…金の月と銀の月かい?」
「ああ」
リコトは理解できないという風に首を傾げた。茶色の髪がふわりと揺れる。
「ラ・カステレとラ・アリアスだって、四年に一度交わるじゃないか。君たちは…その、もう違う道にいるんだろう?」
「月は交わらないよ」
おれは言った。
「交わるように見えるだけだ。実際は、何光年も離れた所をお互いに通過するだけ。ラ・カステレもラ・アリアスも、本当は孤独なんだ」
「…寂しいよ、その考え方は」
「でも、交わらないから、お互いの姿を保てる。互いに砕け散ることもない。どちらかに囚われることなく、両者とも月としてラロンナの周囲を回ることができる」
リコトは黙り込んだ。
おれはまたグラスを揺らしたが、氷は完全に融けていて、ちゃぷりと水音がした。
「…悲しくはないの?」
「悲しいさ。でも…」
そこで言葉を切り、おれは目を閉じた。3ヶ月前に別れた恋人を思い出す。
彼は何者にも惑わされない、孤高の金の月だった。万物の王ラ・カステレは、銀の月ラ・アリアスに囚われず、砕けもせず、そこにある。彼はそういう男だった。
リコトがため息をついた。
「まったく、君たちは…どちらも頑固なんだから」
「おれは頑固じゃない。ロットはそうだったが」
「君はその哲学をどうにかしないと。ラ・カステレとラ・アリアスは、四年に一度、逢瀬を楽しむのさ。それでいいじゃないか」
リコトは、話は終わりだといわんばかりに大きく手を振った。それから「ほら」と月を指差した。つられて、おれも月を見上げる。
中天では、金の月ラ・カステレと銀の月ラ・アリアスが、完全に重なったところだった。
END
あとがき
>[2006/10/07]
西洋風に分類しましたが、異世界の話です。
個人的には、銀の月が産み出すのではなく、金の月が銀の月と交わって産み出すと考えられているという設定にこだわりました。実際に産むのは銀の月なんだけど、金の月が全ての王だと考えられているわけです。あ、そんな設定どうでもいい?
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