トンネルを抜けると、そこは雪国だった。ただし、赤い雪の降る雪国だったが。
「なあ、お前知ってたか、雪って赤いんだぜ」
「馬鹿いえ」
俺の言葉に、マサユキは冷たく答えた。
人が折角、場を和ませてやろうとしているのに、何て気のきかない奴だ。そう思ったが、よくよく見てみればマサユキも動揺しすぎていて、ユーモアという言葉を忘れているだけらしい。まったくキャパシティの狭い奴だ。
しかしまあ、無理もないか。俺はまだ雪というものを一度も見たことはないが、知識としてはそれが白いものだと知っている。雪国出身のマサユキが混乱するのも無理はない。
「っていうかさ、道路は何処にいったわけ? まさかここで終わりじゃないよな?」
俺の問いかけに、マサユキは無言で背後を示した。後ろを見ろってことらしい。
勿論、後ろには今俺たちが通ってきたトンネルが……なかった。俺たちの後ろにあったのは、大きな古めかしい建物だった。レンガ造りで、2、3階建てくらいの高さ。窓は1つもない。赤い雪の積もったベランダみたいなものがあるが、そこに出入りするべきドアも見えない。俺たちのすぐ後ろに大きな黒いドアのついた出入り口があるが、それだけがこの建物に出入りするための口らしかった。
「何これ?」
「トンネルじゃないことは確かだな」
もっともだ。トンネルというのは、山の下を通れるように穴を掘ったもので、建物じゃない。
俺はまじまじとその建物を観察した。出入り口のドアには、何だかよく分からない模様が刻まれている。首のない馬の絵だとか、腕から先が剣のようになった人間だとか、人間やら犬やら猫やらの頭らしきものを模った串団子の絵だとか、翼を生やし鋭い牙を持った変な生き物の絵だとか、悪趣味極まりない。その周囲には変な記号がびっしりと書き込まれている。
同じく扉を見ていたマサユキが言った。
「あれ、文字なんだろうな」
「つーか、悪趣味な絵じゃないか? 俺、こんなことには入りたくないなぁ」
「というか、状況から考えるに、ここから出てきたことになるんじゃないのか?」
「げ、マジで?」
「まあ、俺も初めて来る所だから分からないけどな」
俺とマサユキはハハハと笑いあった。大声で笑って、それからため息をつく。
「これって、アレだろ?」
「ゲームとか漫画とかでよくあるやつな」
『異世界トリップ』
異口同音。俺たちは頷きあった。
「異世界トリップはいいけどさ、俺たちこれからどうするよ?」
「トシヤ、お前結構、冷静だな。どうしてこんなところに!? とか、もっと考えないか?」
なんだその言い方。まるで俺が何も考えてないみてーじゃん。
「考えたってどうしようもねーじゃん。まったく心当たりがないんだから」
俺は言い返したが、マサユキはまったく聞いていなかった。
「馬だ」
「だから俺はだな、前向きな…は、馬?」
「馬が来る」
マサユキはそう言うと、俺を引っ張って近くの茂みの中に隠れた。耳を澄ましてみると、なるほど映画とかで聞きそうな、そんな感じの音がする。
やがて、馬が姿を現した。馬は2頭だった。それぞれ男が乗っている。片方はまるでゲームで見る騎士のような格好をしている。マントを羽織ってるし、剣も持ってる。もう片方、こちらは王子役とかで登場しそうな感じだ。
2人の男は、建物の前で馬から下りた。2人は何か言い争っているが、何を喋っているのかはまったく分からなかった。本当に違う世界なんだ。まあ、俺日本語しか知らないけど。
どうやら、王子っぽい兄ちゃんが駄々をこねているのを、騎士っぽい兄ちゃんが一生懸命説得しようとしているようだ。
「なあ、なんかモメてるっぽくねえ?」
俺が前にいたマサユキの耳元で囁くと、マサユキも頷いた。やっぱりそうだよなぁ。
と、俺たちが茂みの中で様子を窺っている内に、状況は一変した。
騎士の兄ちゃんが、王子っぽい兄ちゃんを捕まえて、キスしたのだ! それも、離れたところにいても音が聞こえそうなくらい、すっげー、濃厚なやつ。
俺は唖然とした。うわー、男同士のキスって初めて見たよ。
しかし、俺のことなどお構いなしに、兄ちゃんたちの行為はどんどんエスカレートしていく。騎士の兄ちゃんが王子を抱きしめるようにして、何かし始めた。
俺のところからは騎士の兄ちゃんの背中が見えるだけだから、何をしているのかは分からないけど、あれって多分。なあ?
「な、マサユキ、あれってさ…」
俺はドキドキしながらマサユキに話しかけた。生ホモって初めて見たよー。それとも、この世界では一般的なことなのかな?
けれどもマサユキは、静かにこう言った。
「トシヤ、こんなときにこういう話するのもなんだけど」
「うん?」
「俺、お前のこと好きなんだよね。だから、そう耳元で話されると少し困る」
「…Like?」
「いや、Loveの方」
マサユキはあっさりと言い切った。
お前、なんでそういうところのキャパシティは広いんだよっ!
END
あとがき
> [2006/09/25]
異世界トリップです。はい。
書いていて楽しかった…! いつか中編くらいに話を膨らませて、もう少しうまく書きたいと思っているネタです。
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