ご注意
- 子狐→(傍観)→侍×侍
- 日本/切ない?/性描写・無/サイト2周年記念企画
- サイト2周年記念でDLF小説として書いた話です。性描写がないどころか、BL色すら薄いです。
- 目指したのは、おとぎ話です。絵本にありそうな話を。
- 原稿用紙およそ8枚
- 苦手な方は、お戻りください。⇒TEXTTOP
月は中天。雲はなし。三郎は息をつめて巣穴の外へ出た。
足の裏に感じる踏みしめた雪の固さが、三郎を緊張させる。吐く息は白く、白く、浮かび上がってはすぐに消えた。
遠くで鳥が鳴いた。何の鳥だろう、鳥によっては、人間の村によからぬことが起きる兆しを告げているのかもしれない。あるいは自分の身に降りかかる災いを示しているか。
三郎は鼻をすすりあげた。吐く息は相変わらず白く、ぼんやりとしている。思わず鼻先をこすった手は、月の光に照らされて金色に光っている。三郎はなんだか嬉しくなった。まるでお星さまみたいだ。
月は中天。雲はなし。雪には自分の足跡だけ。
お月さまはまん丸で、お星さまはぴかぴかり、こがね色に光ります…
三郎は歌をうたいながら、足取りかるく雪原を駆けて行った。
お月さまはまん丸で、お星さまはぴかぴかり、こがね色に光ります
お星さまはまん丸で、お月さまはぴかぴかり、こがね色に光ります
ぼくの毛並みもあの月の、優しい光とおんなじように、こがね色に光ります
ぼくの毛並みもあの星の、綺麗な光とおんなじように、こがね色に光ります
やがて三郎は、雪の中に立つ一本の木のもとへたどり着いた。ひとつ息を吐き出すと、息は白く、白く、輝いて消えた。
「三郎よー、今夜も来たのか」
木の上から三郎に話しかける者がある。見上げると、一羽の小柄な梟が木の枝にとまって三郎を見下ろしていた。三郎は驚いて、腰を抜かしたように雪の上に座り込んだ。それを見て、梟が笑う。
「心配せずとも、取って食いやしないよ。お前さんは、餌にするにはちいとばかり大きすぎる」
梟が優しく言ったので、三郎の恐ろしさはたちまち消えて、今度はこの小柄な梟への興味が湧いてくる。そこで、金色のふさふさした尻尾を振りながら、三郎は梟に言葉を返した。
「おじさんは誰、どうして僕のことを知ってるの、僕のことを食べないって本当?」
梟はほうほうと笑った。
「もちろん、食べやしないさ。私は西の森の智尚だ。お前の巣穴がある木に、よくカラスの五郎が来るだろう、お前のことは五郎からきいたんだよ。それから、」
智尚はそこで言葉を切り、視線を東の方へと彷徨わせた。三郎も一緒になって、そちらを見る。
月は中天。雲はなし。空気冷たく、しんしんと。東の野には、仄かな光。ようく見やれば、人の姿であるらしい。ぼんやりとしたその姿は、この世のものではないだろう。白い長着を着流して、髪は結ってはいないけれど、どうやら男の人のようだった。
三郎は静かに見ていた。もとより、三郎はこれを見るために、深夜、巣穴を抜け出してここに来たのである。
男は歩いている。その歩みはどんどん速くなり、しまいには男は走りだした。何かから逃げるように。男が走る度に、きらきらと儚い光が散った。その光は、男の体からこぼれては風にのって流れ、やがて月の光のなかに溶けてゆく。足もとの雪は舞わない。男はこの雪原を走っているのではないのだ。
三郎や智尚が見ている前で、男は何かに足を取られたようによろける。ああ、転んでしまう。三郎は思った。けれども、男は倒れない。髪をきちんと結った別の男が、男を支えるからだ。三郎はそれを知っている。それでも、いつも心配になってしまう。
髪を結った男は、腰に大小をさしている。やはりぼんやりと白く光る体は、彼もこの世のものではないと訴えている。支えられた男は、髪を結った男を見上げて、艶やかに微笑んだ。
それから男は、ゆっくりとこの雪原ではないどこかへ崩れ落ちる。ここではないはずなのに、男の胸元に咲いた紅い花を月の光が冴え冴えと照らしていた。髪を結った男は、その傍らにひざまづいて、そっと腕を伸ばす。その指先が男に触れるか触れないか、そこから光があふれ出し、たちまち二人を包みこんだ。男たちの姿は儚く、それを包む光も儚い。
儚い光はやがて消えた。二人の男の姿もない。真夜中の雪原は、何事もなかったようにすましている。
三郎はぶるりと体を震わせた。頭のてっぺんから尻尾の先まで、体中の毛が冷たい空気を吸い込んだようにぴんと立っている。
「それから、私もお前と同じように毎晩あれを見に来ているんだよ」
智尚がぽつりと言った。三郎は頷いた。それから、東の野から視線を動かさないままたずねた。
「あれはなに?」
「私にもわからない」
「きれいだね、悲しいね」
智尚はほうほうと笑った。
「男が倒れた場所へ行ってみるとよいさ」
それっきり、智尚はばさりと羽ばたいた。三郎が見上げたときには、小柄な梟が恐ろしい速さで西の林に飛び込むところだった。
三郎はもう一度ぶるりと体を震わせて、男の倒れた場所へ近づいた。雪に鼻を近づけて、何か変わったことはないかと確かめる。と、少し先で何か黒いものが見えた。三郎はおそるおそる、そちらへ近づいた。
「あ!」
三郎は思わず声をあげた。男が倒れて紅い花が咲いた場所から、ちいさなフキノトウが顔を出していた。三郎はそのフキノトウを鼻先で少しつついてみた。フキノトウはふるりと震えて、小さく光をこぼした。こぼれた光は風に乗って流れ、やがて月に照らされて光る雪の中へと消えていった。
三郎はほうと息を吐いた。吐いた息は白く、白く、輝いて消えた。
いつの間にか、雪が降り始めていた。三郎は来たときと同じように歌をうたいながら、巣穴へと戻っていった。巣穴で寝ている兄弟たちやお母さんお父さんにフキノトウの話をしてあげようと考えながら。
お月さまはまん丸で、お星さまはぴかぴかり、こがね色に光ります
お星さまはまん丸で、お月さまはぴかぴかり、こがね色に光ります…
END
> [2008/06/22] > [2009/01/25 加筆修正] > [2016/06/05 加筆修正]
2周年本当にありがとうございます!!
季節はずれで申し訳ありませんが、感謝を詰め込んで書きました。この話はダウンロードフリーになっていますので、どうぞご希望の方はご自由にお持ち返り下さい。
こういう雰囲気の話を書いていきたい、こういう話が好きなんだという趣味を詰め込みました。
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