人気キャラ投票1位:白牙
朧なる月の下、一丈はあろうかという白蛇が、のたりと動いている。
この大いなる蛇は、今宵の獲物を求めて巣である水の底から這い出てきたのであった。濡れた鱗が時折鈍く光る。蛇はちろちろと二股に分かれた赤い舌を出しながら、するすると森の中を進んでいった。
蛇の姿に驚いたのか、鳥が声をあげた。蛇はちらりとその鳥を見やり、けれどもすぐに興味を失ったように視線を逸らす。そのまま緩々と体を動かしながら、蛇は人里を目指した。
人里まで下りた白蛇は、民家の軒先で、突然の蛇の登場に今にもけたたましく啼こうとしている鶏をばくりと飲み込むと、退屈そうに尾の先で地面を二度ほど打った。
まさに蛇は退屈なのであった。
いつよりか、またいずこからか、気づけばそこにいて、自らの内に湧き上がる衝動に従いて行動を続けてきた蛇は、ここにきて戸惑っているのである。
しかしそれを孤独と呼びうる程は歳を経ていないこの蛇は、ただただ時間を持て余しているのだ。
やがて蛇は、人里にも求めるものがないと知ると、のたりと行動を開始した。それはまったく初めて行う行動であって、蛇は初めて自らの存在以外のもの、それも自らよりも貴いと感じ得るものを認めたのであった。
すなはち、蛇は祈ったのであった。
自らがここにいて、そして自ら成ったのでは無い以上、自らを成らしめているものがあるはずである、と若い蛇は考えた。
そしてそのものへ訴えたのである。それを祈りと呼ぶのだと、蛇は数年ののち知った。ともあれ、このときの白蛇は、それが祈りとも思わず、ただただ自らの信じるように行動したのであった。
祈りが通じたのかは知り得なかった。
だからこそ蛇は、傍らに生えている木へ体を巻きつけて、自らの訴えの証を残そうとした。
硬い鱗の幾枚かが、木の幹へ食い込んだ。
蛇が木より体を離すと、そのうちの1枚が木の幹に食い込んだまま残された。
白蛇はそれをじっと見つめると、今宵はこれで満足と判断したのか、するすると棲家である淵へ戻ったのである。
あにはからんや、この年若い白蛇が生涯の伴侶となる人間に出会ったのは、その人間がこの鱗を取ろうとしているところを別の蛇に襲われかけたのを助けたことによる。
END