フジイタケープタウンのゆかいな仲間たち(自作お題より)

1.透明人間の悲しみ

 ※先に「3.失意の狼男」と「2.ゾンビは退屈」を読むことをおすすめします。


 透明人間のジョーイは、狼男で友人のスピアのことが好きだった。もちろん、友人としてだ。スピアは少々けんかっ早いが気の良い奴で、ジョーイはスピアが気に入っていた。
 そのスピアが失恋した。理由は狼男だからという。
 確かに、狼男はやっかいな奴が多い。基本的にけんかっ早いし、一度けんかし出すと、周りが見えなくなって全力を出してしまうこともある。狼男はモンスターの中でも攻撃力の高い種族だから、全力でやられたらたまったものではない。ほぼ戦闘能力のない透明人間やゾンビ――ゾンビはそれなりに迫害の歴史があって対応策を知っているので、まだマシかもしれない――には辛いのである。おまけに狼男は精力的だ。昔ならともかく、平和な現在ではきっと体力が有り余っているのだろう。そんな狼男を相手にする狼女に、ナイスバディの強気な性格のものが多いのも頷けてしまう。だがそれは、種としての本能であって、本人にはどうしようもない習性のようなものだ。
 ジョーイはスピアのことを割と気に入っていたから、彼の失恋は少なからずショックだった。普段はスピアをからかうような態度をとっているが、彼は彼なりにスピアのことを尊敬していたのだ。彼を振るなんて、よほど見る目のない奴だと思う。
 ジョーイはとにかくムシャクシャしていて、誰かに話をしたくなった。なので彼は、ゾンビのダスティを訪ねた。
「どうして今日来るんだ?」
 ダスティはそう言ってジョーイを迎えた。
「ハロウィンの夜は暇だろ?」
 ジョーイがそう伝えると、ダスティは苦々しげに顔を歪めた。けれどもジョーイを追い返さなかったところを見ると、よほど退屈だったらしい。
「その退屈をまぎらわせてやろうっていうんだ、感謝しろよ」
「余計な御世話だ、バカめ」
 ダスティは悪態をついたが、口が悪いのはお互い様なので、ジョーイは気にしなかった。

「…というわけだ」
 ジョーイが話し終えたとき、目に見えて分かるほどダスティはぐったりしていた。今にもほほの肉がずるりと落ちそうなくらいだ。落ちたらどうなるんだろう、とはジョーイの長年の疑問である。肉が落ち続けると、ゾンビはその内スケルトンになるんだろうか。
 ジョーイが自分の話とはまったく違うことを考えていると、ダスティは地獄の底から響いてくるんじゃないかというほど低い声で「お前…」と言った。
「どうして今夜、恋愛系の話を持ち込んでくるんだ」
「恋愛って言っても、振られた話だぜ?」
「人の恋愛なんか知るかよ」
「そう言うなよ。狼男だからダメだってどう思う?」
「狼男に恨みでもあるんだろ」
「狼男という種族じゃなくて、スピア本人を見ろって話じゃねえか」
「あー、狼男とはキスしにくそうだよな。あっちの方もすごそうじゃん、だからじゃね?」
「それは理由になりえるのか?」
「相手は吸血鬼なんだろ? 吸血鬼って淡泊じゃん。食事さえできればそれで良いみたいな。狼男と釣り合うとは思わんなぁ」
「でもよ、」
「とにかく我輩は!」
 ダスティはジョーイの言葉を遮って言った。
「ハロウィンの夜に恋話なんかしたくないんだよ」
 それからダスティはそっぽを向いて、途中だったジグソーパズルを始める。
「お前、僻みもそこまでくると情けないぞ」
「……。」
「いいじゃん、付き合えよ」
「……。」
「ハロウィンの夜を一人で過ごすよりはマシだろー?」
 ジョーイが何を言っても、ダスティは素知らぬ顔でピースを回転させたりはめ込んだり、カップを傾けたりしている。
「無視すんなよ!」
 とうとうジョーイはダスティの肩を叩いた。叩かれたダスティはジョーイを見て、わざとらしく言う。
「ああ、いたのかジョーイ。透明人間だから気付かなかったぜ」
「てめっ…俺は見えなくても服が見えるだろ!」
「はっ、悪いな、存在が希薄すぎて分からねえよ」
「てめえ!」
 ジョーイはダスティの胸倉を掴んだ。ダスティもジョーイの胸倉を掴んだ。
 こうして夜は更けてゆくのである。

END

あとがき

ダ:「おま…これじゃあ、透明人間の悲しみ、じゃなくてゾンビの悲しみだろ!」
ジ:「存在が希薄と言われた俺の方が悲しいだろ」

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フジイタケープタウンのゆかいな仲間たち(自作お題より)

2.ゾンビは退屈

 ゾンビは退屈である。何故なら、他のモンスター達は、人間の世界で行われるハロウィンの仮装行列に紛れ込んで遊んでいるが、ゾンビにはそれができないからである。
 何故、ゾンビは参加できないのか。原因は臭いである。死臭に腐敗臭、カビ臭さなど、ゾンビからは様々な臭いがする。ゾンビ自身は慣れているが、周りの者、特に人間には少々臭いがきつすぎるようなのだ。なので、人間のふりをして紛れ込んでもすぐにばれてしまう。おまけに、ゾンビの健康状態にもよるが、時々腕が落ちたり目玉が取れたりするので、およそ人間に化けることに向かないモンスターなのだ。
 そのため、ハロウィンの夜のゾンビは退屈なのである。
 しかし、なかにはそんな退屈な時間を活用して、愛を語り合うようなゾンビ達もいる。
「ああ、ジェシカ、今日は一段と肌の色つやがいいね、まるで死蝋のようだよ」
「やあね、デイビット、それじゃあゾンビじゃないじゃない(ハート)」
「ははは、君がゾンビじゃなくたってこの愛は変わらないさ(キラン)」
 といった甘い語らいをする者は、ハロウィンの夜だろうがそうでなかろうが周囲の様子を気にかけることもないが、
「あ、あの、キャシー、僕じつは前から君のことが…好きなんだ」
「まあ、エリック! 嬉しい…」
 という初々しいカップルや、
「マイケル、今日は存分にイチャイチャできるな」
「そうだなジャック」
 というような花のないカップルには、デートスポットからモンスターが少なくなるハロウィンの夜はうってつけだ。
 けれども、そのような恩恵にあずかれるのはほんの一握りのゾンビだけで、ほとんどのゾンビは我輩のように退屈に夜を過ごしている。人間にばれるから暇になるというのは、こういってはなんだが、正直どうなんだ? と思わなくもない。ばれても別にいいじゃないか。
 そもそも、昨今の世間における我々ゾンビへの扱いはひどい。やはりゾンビたるもの、美しい女性が殺人鬼か何かに追われて墓地まで逃げてきたところを、墓穴から這い出して脅かすものであって、とある黒人カップルの男性と共にハイなリズムに合わせて踊り狂うものではない。最近ではそのビデオのパロディまで現れて、インドポップスの不思議なリズムに合わせて踊らされるのだから、非常に遺憾である。これは我々ゾンビに対する明らかな文化的迫害である! 我々ゾンビは手と手を取り合い、基本的ゾンビ権を主張しなくてはならないのではないか! 友よ、今こそ立ち上がろう!

「…お前、本当に暇なんだな」
「うるさい。マイケル、お前さっさとジャックのとこに行けよ! 探しに来てたぞ」
「おー、じゃあデートしてくるわ。お前も早く誰か探せよ」
「一度死ね!」
「もう死んでる。じゃあな」

 …少々話がずれてしまった。とにもかくにも、ハロウィンの夜のゾンビは退屈しているのだから、決してその日は墓地に近づいてはいけない。良いカモである。

END

あとがき

※死蝋…水分に富む土中や水中におかれて空気が遮断されたときに起こりやすいという、死体が蝋化して、腐敗せずにほぼ原形を保っているもの。たぶん、屍蝋とも書く。

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フジイタケープタウンのゆかいな仲間たち(自作お題より)

3.失意の狼男

『あれ、お前、今日は狼男のスピアと一緒じゃないんだな?』
『いつも一緒じゃねえよ。スピアなら昨日から寝込んでる』
『へ? なんで!?』
『死にいたる病、ってやつだよ』
『聖書の言葉なんか引用するなよ』
『いやいや、聖書の言葉は「この病は死ぬほどのものではない」だから』
『…聖書、意外と軽いな』

「…ということがあったので、見舞いに来たんだけど」
「ありがとう、余計な御世話だよ」
 スピアはそう言って、再び頭から布団をかぶってしまった。それを横目に見ながら、吸血鬼のアンティーは部屋の中を見回した。そして言う。
「狼男専用ファッション雑誌ってあるんだな」
「……」
「無視すんなよ」
「そりゃあるよ、透明人間や吸血鬼にはないものが色々生えてるから」
「へー」
 雑誌を手に取り、ぱらぱらとめくる。「あなたの耳はどのタイプ? 耳に合わせて髪型をキメよう!」とか「この秋は尻尾の出し方で決まる!」といった見出しに、なるほどと頷いた。が、すぐに雑誌を放り投げて、スピアに向かう。
「で、何があったんだよ」
「……」
「ジョーイは、死にいたる病だって言ってたけど。それにしても、なんでアイツ聖書とか読もうと思うんだろうな」
 アンティーがそう言うと、スピアはやっと布団から顔を出した。文字通り、本当に顔だけだったが。長い鼻と牙の生えた口が、ゆっくりと開いた。
「ほら、ジョーイは透明人間だろ。キリスト教には迫害されてないから」
「あ、なるほどね」
 確かに、吸血鬼や狼男とは違って、透明人間はさほど弾圧をうけなかった。透明人間というモンスターの存在が人間に知れ渡ったのも、最近のことなのだ。それもそのはずで、透明人間は透明だから側にいても見えないのである。
「で? 絶望するほどの何があったのさ?」
 アンティーが促すと、スピアはしぶしぶ話し始めた。
 簡潔に言えば、スピアは失恋したのである。スピアは吸血鬼のA(本人の名誉のために伏せる)が好きだった。スピアもAも同じ男だったが、好きになってしまったものは仕方がない。スピアも随分と悩んだが、ついに告白する決心をした。で、一昨日、告白したのである。返事はノーだった。男同士だからダメだというわけじゃないんだ、とAは言った。
「狼男が嫌いなんだってさ」
「それは…何というか…ご愁傷さまデス」
 Aと同じ吸血鬼の身としては、言うことが見つからない。アンティーは「とりあえず元気出せよ」と言って、スピア家を辞した。

後日。
『あ、ジョーイ、スピアの見舞いに行ってきたよ』
『どうだった?』
『かなり落ち込んでるみたいだな。でも、失恋したくらいで絶望なんてするか?』
『ハハハ、違うんだよ。あいつショックで髪の毛抜けちまってさぁ! 今、円形脱毛症になってんの』
『本当に!?』
『ああ。あいつ、布団から出てこなかっただろ?』

END

あとがき

※死にいたる病…キルケゴールの著書。絶望を意味する。新約聖書《ヨハネによる福音書》におけるイエスの言葉「この病は死ぬほどのものではない」にちなむ。本の中身は、当時の教会批判らしい。

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4.スケルトンの楽しみ

 フジイタケープタウンに、スケルトンは1家族しかいない。現在の家主はダマリ・フジイタ。フジイタケープタウンの開祖であるノンノ・フジイタの子孫である。しかし、フジイタ家がこの町の草分けであるということと、スケルトン種が1家族しかいないということは直接的には関係がない。
 もともと、フジイタケープタウンは岬に近い肥沃な平原であった。そこに、希望を胸に抱いた若きノンノ・フジイタが、一族や友人を引き連れて移り住んできたのである。
 開拓は決して楽な道のりではなかった。近くに人間の村があり、度々キリスト教司祭やモンスターハンターの襲撃に遭ったからだ。自然も時には敵対した。襲い来る豪雨に、何度テントを流されたことか。強い風が吹けば、体の骨を飛ばされてしまう。靭帯を持たないスケルトンは絶妙なバランスで骨格を維持しているので、風には弱いのだ。スケルトン達は、岬を風が通り過ぎる音を聞いては、あれは悪魔の微笑みだよ、私達を吹き飛ばしに来たのだと囁き合い、雨雲が遥かな地平から流れてくるのを見ては、ああついに岬から投げ出されてしまうのかと噂しあった。だが、スケルトン達は負けなかった。たとえテントや家を流されても、風に飛ばされた頭がい骨が岩にぶつかってヒビが入っても、彼らは必死に骨を拾い、家を建て、作物を植えた。彼らは晴れた日に岬から見る海を愛していた。壮大な眺めは、古い故郷を出てきた彼らの心を慰めた。
 そしてついに、肥沃な平原は、雑草魂に満ちたスケルトン達を受け入れた。平原は畑になり、村になり、やがて他の種族が移り住んで来て、町となった。モンスター達は、この岬近くの平原に生まれた新たな町を、ノンノ・フジイタやその他のスケルトンに敬意を表して、フジイタケープタウンと命名した。岬近くの平原は、スケルトン達の新たな故郷となったのである。
 ノンノとその仲間達は、皆スケルトンであった。フジイタケープタウンには、はじめは5家族のスケルトンがいたことになる。けれども、スケルトン種の血は、他のモンスター達に比べてあまりにも弱かった。劣性遺伝だったのである。他のモンスターと結婚したとして、生まれる子供は、スケルトンではなく相手のモンスターになってしまうのだ。月日が経ち、他のモンスターとの血の交換が続くにつれ、スケルトン種の家族は徐々に減っていった。不思議なことに、それ以降の子孫にもスケルトンは現れなかった。そして現在、フジイタケープタウンに存在するスケルトンの家族は、フジイタ家を除いていなくなってしまったのである。
 ダマリ・フジイタは、フジイタケープタウン内からスケルトンの嫁をもらった最後のスケルトンである。息子の名はレオン・フジイタ。二十歳になったばかりの、年ごろの息子である。レオンは今、友人たちと連れ立って人間の村へ遊びに出かけている。ハロウィンの仮装行列に紛れ込んでいるのだ。ダマリはそれを咎めはしない。レオンが様々な種族の者と仲良くなれば良いと思っているからだ。ダマリは、彼の息子がもしかするとこの町で最後のスケルトンになるかもしれないことを残念には思っているが、さほど深刻には考えていない。
 そしていつか、レオンが愛する女性――それは、なるべくならスケルトンよりも劣性遺伝の人間の娘さんか、他の町のスケルトンのお嬢さんだと嬉しい――を嫁に迎えてくれれば、それ以上の幸せはないと考えている。
 その日が来る事を、ダマリはとても楽しみにしているのである。

END

あとがき

※劣性遺伝…両親の持つ対立形質のうち、雑種第1代には現れず、潜在してそれ以後の子孫に現れる遺伝子

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5.吸血鬼は嘲笑う

 ※先に「3.失意の狼男」と「1.透明人間の悲しみ」を読むことをおすすめします。


 吸血鬼のアンティーは変わり者だ。とはいえ、吸血鬼の中では変わり者というだけで、個性派ぞろいのフジイタケープタウンのモンスターの中では、まあ、普通というくらいだ。
 吸血鬼はあまり他の種族と関わりあいたがらないが、アンティーは違う。透明人間や狼男、はてはゾンビやゴーストまで実に様々な知り合いがいる。半分くらいは顔の広い透明人間に紹介されて知り合った者だが、アンティーはその状況を楽しんでいた。
 その変わり者の吸血鬼アンティーは今、透明人間居住区(正確には北区第4セクションというが、透明人間が多く住んでいるので、俗に「透明人間居住区」と呼ばれる)近くの喫茶店にいた。喫茶店の名前は“聖なる光”という。不吉な名前だが、なんでもこの喫茶店の看板娘がクリスマスに生まれたため、この名前にしたのだという。喫茶店を経営しているのは年老いた吸血鬼夫婦で、看板娘は孫のミッシェル。もちろん吸血鬼だ。
「はい、ご注文のアールグレイティーです、どうぞ(ハート)」
「ありがとう、ミッシェル」
「こちらこそいつもご来店ありがとう、アンティー」
 そう、アンティーは喫茶“聖なる光”の常連客なのだ。アンティーいわく、この喫茶店のブレンドコーヒーは豆から挽き方、淹れ方まで店主がこだわり抜いた最高のコーヒーで、一度味わってしまうと毎日通いつめたくなってしまうのも無理のないこと、だそうだ。そういう彼がコーヒーではなく紅茶を注文していたのは先刻見た通りだが、これは純粋にコーヒーよりも紅茶の気分だったからであり、決してミッシェルに持って来て貰いたかったからではない。
 そんな彼の言い訳は置いておくとして、アンティーがミッシェルのことをどう思っているかなんて、周りの人間にはお見通しであった。いわゆるモロバレというやつである。いや、ダダモレか。アンティーはせっせと喫茶店に通いつめ、コーヒーに舌鼓を打つかたわらで紅茶を注文してミッシェルと交流を深め、ついに彼女をデートに誘うことに成功した。今日はそのデートの打ち合わせに来たのである。
「それでミッシェル、今度の日曜だけど…」
 アンティーがそう言った時、ドアベルの音がしてお客が入ってきた。ミッシェルは小声でごめんなさい、と呟いてそちらへ向かう。アンティーはそっと溜息を吐きだして、ミッシェルを見送った。
 入ってきた客は透明人間であった。すごい猫背である。透明人間なので顔は見えないが、薄い水色のシャツに黒いスラックス、濃紺のネクタイまでしている。タイピンは銀製で、埋め込まれた紅い宝石が、ともすれば暗くなりがちな全体の印象を明るくしていた。
「あれ、そのタイピン…もしかしてジョーイか?」
 タイピンに見覚えのあったアンティーが声をかけると、顔の広い透明人間は片手を上げてよろよろと向かってきた。アンティーの向かいの席に腰を下ろす。それから、ミッシェルにオレンジ・ペコーを注文した。彼女が「ハーイ」と答えて、厨房へ消えてゆくのを、二人して見送る。
「元気そうだな、ジョーイ」
「おまえ、俺が元気そうに見えるのか」
「いや、見えないから適当に声をかけただけ」
 ジョーイは何も答えなかった。おそらく嫌そうな顔を作ったのだろう。あいにくとアンティーには見えなかったが。
 ミッシェルがオレンジ・ペコーを運んできた。ほのかな湯気とともに、豊かな香りがカップから漂っている。ジョーイが「ありがとう」と受け取った。表情はうかがえないが、その声色が甘さを含んでいないことに、アンティーは少なからず安心した。友人と女性を取り合うなんて冗談じゃない。
「あ、それでミッシェル、今度の日曜は10時で平気かな?」
「大丈夫よ」
「じゃあ、10時に迎えに行くよ。映画が見たいんだっけ?」
「そう! “ゾンビ橋に咲く紅い花”が観たいのよ〜」
 ミッシェルがお盆を胸に抱いて可愛らしく話す。アンティーはほんわかとした気分になって、微笑んだ。
「映画の後にショッピングもしたいわ」
「そういえば、南区に新しいモールができたらしいね」
「そうなの?」
「レオンが言ってたから、確かだと思う。映画は南区で見ようか」
「そうしましょ! あ、アンティー、紅茶のおかわりはいかが? 淹れてくるわね」
 もちろん、私のおごりよとウィンクして、ミッシェルは厨房へ消えた。その途端、それまで黙ってカップを傾けていたジョーイが言う。
「…お前ら、俺がこんなに落ち込んでるのに、どうしたの一言もないのか…」
 アンティーは無言で肩をすくめて見せた。アンティーにとって、今は友人の状況よりもミッシェルと過ごす次の日曜日の方が大切なのである。

END

あとがき

ジ:「なんて友達がいのないやつだ…!」
ア:「どうせ、落ち込んでる理由だって、存在が希薄だとか、見えなくて気付かなかったよだとか言われたんだろ?」
ジ:「……」
ア:「図星か。言ったのは、そうだなダスティ辺りか? スピアはそんなこと言わないだろ」
ジ:「…お前に透明人間の悲しみが分かってたまるか!」

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