川兵衛と平太:前書き

ご注意

  • 河童→人間
  • 江戸時代以前?/妖怪(河童)/子ども/友達以上恋人未満/明るい
  • この話は、555hitされた杷野夕月さまの「若い子(片方か両方人外希望)の、友達以上恋人未満の爽やかなお話」というリクエストを受けて書かれたものです。リクエストありがとうございました!
  • 原稿用紙およそ12枚
  • 苦手な方は、お戻りください。⇒TEXTTOP

川兵衛と平太

thanks 555hit!!

 父ちゃんは近頃、不機嫌だ。
 なんでも人間がやってきて、この淵の水草を勝手に刈って行くという。おいらたちは、もうずうっと前に水神様からこの淵を与えられてここに住んでいるから、おいらたちのものを勝手に取っていることになる。父ちゃんが怒るのも無理はない。
 おいらも、その人間を見たことがある。
 大人の男で、とっても大きな体をしていた。その男は腰まで水につかって、右の手に持った鎌でばっさばっさと水草を切って行った。
 そうっと近付いて尻こ玉を取ろうかと思ったけれど、ひいひいじいちゃんが、この淵では人間の尻こ玉を取ったり馬のはらわたを取ったりしませんと人間と約束したらしくて、取っちゃいけないことになっている。だから、おいらは水の中から男を見ていただけだった。それに人間の大人は体が大きくて、ちょっと怖かったし。
 おいらは、水の中から顔を出して、水面にぷかぷか浮いた。水の中から見る空もゆらゆらしていて好きだけど、そうじゃない空も面白くて好きだ。
 そうやって暫く遊んでいたら、向こうから人間がやってくるのが見えた。あの男だ。おいらは急いで水の中に潜った。
「父ちゃん、父ちゃん、あの人間が来たぞーい」
 そう伝えると、父ちゃんはすわとばかりに立ち上がり、水面めがけて泳ぎ始めた。おいらも慌てて追いかける。
 父ちゃんは水の中から人間の男が水草を刈り始めたのを確認すると、大声で怒鳴った。
「ここはおらたちの淵じゃぞーい。勝手に水草を刈って行くのはおめえかー!!!!」
 人間の男は驚いたように手を止めたが、すぐに申し訳なさそうに言った。
「ことわらずに勝手に取ったのは悪かったよ。でも、おれとこの村には医者どんがいなくてよ、打ち身やら骨折りやらの時はこの水草を干して貼って治すんじゃ。うちの子が足を痛めてよ、この草が必要なんじゃ、大目に見てくれ」
 人間はそう言うと、また水草を刈り始めた。
 父ちゃんはその話を聞くと気が変わったらしくて、ひょっと水面から顔を出した。
「そりゃあ大変じゃ。よし、おらがおめえにだけ薬のつくり方を教えてやらーい」
「おう、教えてくれるか。ありがてえ」
 父ちゃんは淵から出た。ぴたぴたと足音を立てながら人間の男の側をすり抜けて、木から葉っぱを一枚とる。
「この葉っぱを使うんじゃ。んで、その水草もな。ええか、まずこの葉っぱをよく揉むんじゃ。そしたら、こう、葉っぱの…」
 父ちゃんの説明を、人間は頷きながら聞いている。その様子を見ていると、人間の大人は体が大きいけれどそんなに怖くない気になったので、おいらはそっと水面から顔を出した。
 そこを父ちゃんに見付かってしまった。
「こりゃ、川兵衛!顔を出したらいかんと、いつも言ってるじゃろ!」
 怒鳴り声に思わず身を縮める。人間はその声でおいらの方を見て、微笑んだ。
「おお、お前さんの息子かい。おれとこの坊主と同じくらいじゃ」
「まったく言うことを聞かんので困っている」
「ははは、河童もそうか。おれとこのもそうじゃ」
 人間の大人と父ちゃんは、何やら楽しそうに話している。おいらはその人間の子どもが気になったけれど、とりあえず父ちゃんの言いつけを守って、水の中に潜った。

 その数日後、おいらが水面にぷかぷか浮かんで空を見ていると、向こうから人間がやってくるのに気づいた。今度は子どもらしい。
 人間がいるときに水から出たのが父ちゃんに知られるとまた怒られるので、おいらは慌てて水の中に潜った。深くは潜らず、水面近くで様子を窺う。
 人間の子どもは大きな瓜を持っていた。水の中からも、みずみずしい色が分かる。きっと食ったらうまいだろう。そう思いつつ見ていると、人間の子どもは瓜を淵の端に置いた。それから手をぱんぱんと二回叩く。
「教えてもらった薬のおかげで、歩けるようになりました!この瓜、食ってくだせえ!」
 どうやら、父ちゃんが薬のつくり方を教えた人間の子どもらしい。痛めた足が治ったので、そのお礼に来たようだ。そういえば、あの人間が言っていたけど、おいらと同じくらいの歳らしい。
 もしかしたら一緒に遊べるかな。
 ドキドキしながら、そおっと水面から顔を出す。髪の毛から落ちた雫が、ぴちょんと水面を叩いた。
 人間の子どもはその音に顔を上げた。
 目が合う。
 おいらは精一杯、にっこりと笑った。
「足、もう治ったのか」
 人間の子どもはぱちぱちと目を瞬かせたけど、すぐに頷いて言った。
「うん、もう治った。お前さんが、薬のつくり方を教えてくれた河童?」
「そりゃあ父ちゃんで、おいらぁ、その息子じゃーい」
「子どもなの?」
「うん」
 言いながら、おいらは水から出た。
 人間の子どもが自分の隣の地面を叩いたので、そこに座る。
「おいらは、川兵衛じゃ」
「おれは平太じゃ」
 平太はにこにこと笑っていて、おいらに驚く様子もない。おいらはすっかり嬉しくなった。
「父ちゃんに、薬ありがとうって言っておいてくれ。あ、この瓜も食べてな」
「ありがとう、うまそうな瓜じゃ」
 おいらが答えると、平太はまたにこにこと笑って、立ち上がった。
「ほんじゃあ」
「もう行くのか」
「うん、父ちゃんの仕事を手伝わなきゃ」
「そうかー」
 おいらは少し悲しくなった。まだ行かないでといったら、平太は驚くだろうか。
 そんなおいらの気持ちなんて知らないように、平太は村の方へ走って行く。
 行っちゃった。
 おいらが悲しげにその後姿を見ていると、平太は途中で立ち止まり、振り返った。
「川兵衛やーい。この淵に来たら、またおるか?」
 おいらはびっくりした。慌てて返事をする。
「うん。うん、おるよ!」
「そうかー。また来る!」
 笑って、平太は手を振った。おいらも急いで手を振りかえした。
 平太はまた来ると言った。また来るということは、また平太と会えるという事だ。
 嬉しくて嬉しくて、おいらは瓜を抱えたまま、水の中に飛び込んだ。
「父ちゃーん、瓜じゃぞーい! 平太が持ってきたんじゃー! 平太なぁ、足治ったそうじゃ」
 おいらはとっても浮かれていて、父ちゃんに「で、平太っちゅーのは、誰じゃ」と訊かれるまで、平太のことを説明するのを忘れていた。


 それ以来、平太は時々淵へやってくるようになった。
 淵で泳いだり、相撲をとったり、話をしたり、木の実を取って食べたりするのが、楽しかった。
 平太のところはおいらのところと同じで、母ちゃんがいなくて、父ちゃんと2人だけらしい。なので平太はいつも来られるわけじゃなかったけれど、暇を見つけては来てくれた。
 平太はよく笑う。優しい笑顔だ。その笑顔を見ていると、何だかおいらまで嬉しくなってくる。
 平太が楽しいと、おいらも楽しい。平太が嬉しいと、おいらも嬉しい。平太が喜んでくれるなら、何だってしてもいい気になる。もっと平太と仲良くなりたい。
 おいらと平太は並んで淵に腰掛けた。
 泳いでいたばかりだから、平太の髪からはぽたぽたと雫が落ちている。それがきらりと光るのが、綺麗だと思った。よく見ると、睫にも小さな雫が乗っかっている。
 兵太、睫が長いんだ。
 何だか新しい発見をした気分でおいらがどきどきしていると、平太がおいらを見て言った。
「川兵衛の鱗、きらきら光って綺麗じゃ」
 その言葉に、自分の体を見下ろす。常に濡れているおいらの鱗も、平太の髪の雫のようにお天道様の光できらりと光っている。
「そうかな?」
「そうじゃ。それに魚のとは違って、綺麗な緑色じゃし」
 おいらの鱗は、緑色に青色で細い筋がいくつも入っている。なのでぱっと見ると、緑色の鱗が光っているように見えるようだ。おいらたちの中でも、おいらみたいな筋が沢山入ったこういう鱗は珍しい。父ちゃんが言うには、母ちゃんの鱗もこんな色だったらしいけど。
 平太はずっと身を乗り出して、おいらの目を覗き込んだ。
「目も、同じ緑色なんじゃな。鵜の目みたいじゃ」
「鵜って、鳥の鵜か」
「そうじゃ、おれは1度だけ見たことがある。そんな色の目をしとった」
「そうかー。おいらは見たことねえなあ」
 おいらが言うと、平太はくすくすと笑った。なんだかどきりとする。胸の辺りがきゅーっと締め付けられるみたいだ。それをごまかすように、おいらは言った。
「人間は鱗ないけど、困らんのか?」
「困らん。けど、鱗があったら、川兵衛みたいにはやく泳げるかな」
「どうじゃろ」
 平太は少し首を傾けて何か考えているようだったが、やがてにっこりと笑った。
「やっぱり、おれは鱗はいらん。川兵衛のを見ている方が綺麗じゃ」
 平太が何度も綺麗だと言うから、おいらはちょっと照れくさくなった。
「けど、ただの鱗じゃし、そんな綺麗なもんじゃねえと思うけど」
「そんなことねえ。あれじゃ、長者どんとこの姉さんが挿してるかんざしについてる石みたいじゃあ」
 そういえば、人間の女はかんざしやらなにやらで身を飾ると聞いたことがある。わざわざ身につけるくらいだから、平太が例えに出したその石は、よっぽど綺麗なんだろう。
 おいらはふと思いついて、胸の辺りの大きな鱗を一枚、剥ぎ取った。それを平太に差し出す。
「この鱗、やる」
 平太は女じゃないから身を飾ったりしなかもしれないけど、綺麗なもんなら貰って悪い気はしないだろう。そう思ったのに、平太はとっても慌てた。
「何するんじゃ!」
 叫んで、平太は立ち上がった。それから一目散に走り出す。取り残されたおいらは、何がなんだか分からなくて目をぱちぱちと瞬かせた。
 平太はどうしたんだろう。怒っているみたいだったけど。
 怒ったのなら、平太はもうこの淵には来ないかもしれない。おいらは心配になった。けど、どうしていいか分からない。
 でも、おいらの心配をよそに、平太は戻ってきた。手に小さな壺を持っている。
 平太はおいらの手から鱗を奪い取ると、壺の中に一度つっこんで、それからおいらの胸にその鱗をはりつけた。壺の中には、黄色い薬が入っていた。おいらの父ちゃんが平太の父ちゃんに教えた薬だ。平太は家まで走って帰って、おいらのためにこの薬を取ってきてくれたのだ。
「何するんじゃ、せっかく綺麗なのに」
 平太は怒りながら、おいらの胸に鱗をぐいぐい押し付けた。父ちゃんの自慢の薬はすぐにその効果を発揮して、鱗を胸にくっつけた。
「平太、平太。もうくっついとる」
 おいらの言葉に安心したのか、平太はやっと手を離した。平太はちょっと泣きそうになっていた。よっぽど慌てたのかもしれない。
 おいらは、おいらのために平太が薬を取ってきてくれたのが嬉しくて、にこにこ笑った。すると平太もつられたように、にこにこと笑った。
 笑いながら、平太はおいらの胸を見て、少し首を傾げた。何だろう。不思議に思って、おいらは自分の胸を見下ろす。そして気づいた。鱗が、上下さかさまについている。
 平太はしまったという風に顔を歪めた。
 せっかくさっきまで笑っていたのに。
「すまん、川兵衛、さかさまじゃった」
「気にするな。まるで水神様みたいじゃ」
 おいらが言うと、平太は顔を上げた。
「水神様って?」
「水神様はな、胸元の鱗がひとつだけさかさまになっているんじゃ」
 だから、別に変じゃない。
 おいらの言葉に、平太は安心したように笑った。
 その笑顔を見ていると、また胸の辺りがきゅーうっと痛む。これは鱗を取ったせいじゃない。
 胸は痛むけれど、とにかくおいらは嬉しくて仕方なかった。
 平太はとてもいい奴だ。平太とずっとこうしていられたらいいなと思ったから、おいらは平太に尋ねた。

「な、平太。明日も来るじゃろ?」
「うん、来るよ。川兵衛」

END

あとがき

> [2006/06/25] > [2006/06/26 加筆修正] > [2016/05/09 加筆修正]

当初、河童には変な言葉を話させようと思っていたのですが、書きあがってみればどこのものか分からない方言っぽくなりました。そのツッコミは自分で済ませましたので、どうかスルーでお願いします。
 「爽やか」というご期待に副えているか分かりませんが、555hitの夕月さまに捧げます。
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